8月6日 生野区勝山道場少年部 空手練習

本日の勝山道場では、しゅんや君とせいたろう君の二人が、審査を受審しました。

二人とも緑帯なので、基本も移動も型もそれなりの出来でしたが、二人の実力(潜在能力?)を思うと、決して満足する程のものではありませんでした。

二人は試合でも優勝の経験があり、やる気を出せば、もっともっと強くも上手くもなると思うのですが、中々本気を出してもらえません。

「牛を水飲み場に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」と言いますが、牛飼いならそれでいいのかもしれませんが、指導者なら牛に水を飲みたいと思わせるのも役目かと思います。

やる気がない道場生に、やる気を出させるのにはどうするか?…、指導者にとっての一番の課題かもしれません。

まだ答えは見つかりませんが、いつかその答えが見つかるように、当分は試行錯誤が続きそうです。

しかし、やる気がないのに優勝する道場生を褒めるべきか、そんな道場生を優勝させた私の指導力を褒めるべきか?笑

まぁ、冗談はさておき、二人には期待しているので、二人のやる気が引き出せるように頑張ります!

8月5日 東成区片江道場 空手練習

入門したての頃は、泣くことも多かったたいが君ですが、最近は泣くことも少なく、一生懸命にお姉ちゃんやお兄ちゃんの真似をして、空手の稽古を頑張っています。

先週の土曜日に、私の極真会館時代の恩師から、電話があり久しぶりに話したのですが、コロナの話から、何故か政治の話になり、大阪都構想の話になりました。

その恩師は「あかんかもしれんけど、一回やらしてみたらええねん。あかんかったら、やり直したらええねん。」と、仰っていましたが、果たしてそれで良いのでしょうか?

駄目だったとして、やり直した時に、全てが元通りに戻り、時間さえ巻き戻るのなら、それもありかもしれませんが、現実はそうはいかないものです。

私達の空手の指導も、間違っていれば、道場生の方に無駄な努力をさせ、時間も無駄に使わせてしまうし、ましてや、指導が下手で空手の面白さが伝えられずに、その道場生が空手を辞めてしまったりすると、取り返しがつきません。

そうならない為にも、日々の指導はやり直しがきかないものとの思いで指導にあたり、そして空手の研鑽に努め、指導方法も考えていかなければなりません。

こんなことを書くと大層に感じるかもしれませんが、取り敢えず日頃から空手の指導について考え、一生懸命に指導していきますので、道場生の皆さんには、どうぞよろしくお願い致します。

8月4日 東住吉区桑津道場 空手練習

桑津道場のりいち君は、まだ白帯の幼児ですが、蹴りも上手く空手着姿もきまっています。

桑津道場の記事に、六年生の四人組のことをよく書きますが、本当に仲が良く可愛い四人です。

この四人みたいな奴らばっかりだったら、学校でイジメもなく平和なんだろうなぁと思います。

帰り際にその六年生の四人組のうちの三人と話していると、先に帰ったひろと君の話になり、四人組はお喋りなのですが、唯一無口なひろと君が学校ではひょうきん者で、運動神経も凄く良いという意外な面も知ることが出来ました。

そんな話を聞くと、ひろと君の良いところを、引き出せていないのではないかと思い、またその思いは他の道場生にも当てはまるのかもと思うと、少し自分の指導に自信をなくします。

もっと道場生のことを知って、それぞれの特性を活かし、長所を伸ばすような指導を心掛けていきたいものです。

8月1日 東成区片江道場 空手練習

本日の片江道場の稽古は参加者も少なく寂しかったです。

写真は準備運動の一幕ですが、皆んな身体が硬いですね。

努力してもなかなか身体が柔らかくならない人もいますが、他人よりニ倍も三倍も努力をすれば、きっと成果も現れるでしょう。

かく言う私もそんなに身体が柔らかい方ではありませんが、努力をすればそれなりにはなりました。

何事においても、得意なことを伸ばすのも必要ですが、苦手なことを克服するのも同じくらい大切なことです。

そして、より上を目指せば目指すほど、弱点の克服は大切になってきます。

それは勉強においても同じことで、あるレベルのところまでは、得意科目の点数をあげることで、偏差値を上げることが出来ますが、より高みを目指すと苦手科目があると難しく、全ての科目で高得点が必要とされます。

なので、道場生の皆さんも、空手においてより高みを目指し、得意なことを伸ばしながら、苦手なことを克服してください。

8月1日 堺地区夏期昇級審査会

押忍、さかきばらです。

この日は堺地区の昇級審査会でした。

受審者達は皆緊張した顔付きで審査に臨んでいました。

結果は全員無事合格でした。

実力が発揮できた人もできなかった人もいると思いますが、審査はもう終わりました。次は「審査の結果を受けてどうするか」が大切です。

審査を受けた人は、審査前にきっと練習を頑張ったことでしょう。家で練習した人も多いと思います。審査が終わったからといって成長の歩みを止めないよう、次の目標を定めて良い習慣を続けていきたいものです。

7月31日 東成区片江道場少年部 空手練習

本日の片江道場の稽古に、姉弟の2人が体験に来てくれました。

審査も兼ねての稽古だったので、基本稽古などゆっくり説明出来なくて、少し悔やまれますが、終わった後に弟君から、「空手やる!」と言って貰えたのが、嬉しかったです。

受審者は5人いたのですが、1人は怪我の為に後日、審査をやり直すことになりました。

受審者のレベルは高く皆んなそこそこ良かったのですが、黄帯や青帯もいてたので、採点は少し厳しかったかもしれませんね。

これから受審する道場生にアドバイスを一つ、『色の白いのは七難隠す」と言いますが、悠心会館においては、「声の大きいのは七難隠す」、声が大きいとやる気や気迫が伝わってくるので、同じ動作でもそれだけで力強く見えます。

急に空手が上手くなることはないでしょうが、大きな声を出すことは簡単ですね。

「簡単な事を為し得た者だけが、困難な事も成し遂げることが出来る」、私の座右の銘の一つです。

先ずは出来ることからしていきましょう!

7月30日 生野区勝山道場少年部 空手練習

8月2日に生野小学校で予定していた審査は中止になり、各道場で審査を行うことになりました。

早いところでは31日から審査が始まるので、本日は基本稽古を全て行いました。(悠心会館では通常は、稽古時間の制約もあるので、毎回6〜7割くらいの種類の基本稽古しか行いません。)

基本稽古をやると、手刀内打ち、中段内受け、内受け下段払い等が苦手な道場生が多いみたいなので、日頃から多くやるようにしているのですが、それでも苦手みたいです。

審査で思い出すのは、私は空手経験者で極真会館に入門しましたが、初めての審査では青帯(当時の極真会館には橙帯がなくて、白帯の次が青帯でした)なのに、同じ道場から受審したキャリアも同じくくらいの人が黄帯で、とても悔しかった思い出があります。

今回、審査を受審する人の中には、日頃の実力を出せる人もいれば、出せない人もいるでしょうし、飛級する人もいれば、しない人もいるでしょうし、中には審査が追試になる人もいるかもしれません。

しかし、その一回の審査の結果に一喜一憂することなく、結果に満足な人も慢心することなく、また不満な人も不貞腐れることなく、反省する点は反省して、今後の空手人生に役立ててください。

まあ、すぐに審査なので、もうジタバタせずに開き直って日頃の稽古の成果を存分に発揮してください。

そうすれば自ずと結果もついてくると思います。

7月29日 東成区片江道場少年部 空手練習

本日の稽古から奥田三姉弟の末っ子のたいが君が空手着デビューしました!

小さな子の空手着姿はいつ見ても可愛いく、また空手着を着ただけで心なしか逞しくも見えます。

その空手着姿を写真に撮ってホームページに載せようと、たいが君が来た時から考えていたのに、また撮り忘れるという失態を演じてしまいました。

子供達の空手着姿と言うと、まだうちの子供達が小さかったころに、三人の空手着姿を写真に撮って、年賀状にしていたことを思い出しました。

しかし、年賀状を出さなくなってから随分経ち、子供達の空手着姿を写真に撮ることもなくなりましたが、やはり年賀状は出した方が良いのでしょうか?

私が出さなくなったせいもあり、我が家に来る年賀状も減ってしまい少し寂しいですが、自業自得ですね。

無くなってもよい風習や文化も有れば、後世に残すべきものもあるでしょう。

空手は後者だと思うので、空手道場を運営し、空手を指導しているのですが、果たして百年後二百年後にも空手は継承されているのでしょうか?

もし無くなったり、廃れてしまえば、、自分が人生の一部を費やしただけに寂しいものがあります。

空手の継承について考えていると、数学的帰納法に通じるものがあると思いました。

数学的帰納法を証明するには、n=1のとき自然数nに関する事柄Pが成り立つことと、自然数n=kのときPが成り立つと仮定すると、n=k+1のときにもPが成り立つことを証明すれば良いのですが、空手の始まりが1だとすると、私がkでしっかり空手を継承していける弟子を育て、その弟子がk+1となって、また空手を継承していける弟子k+2を育成していければよいのです。

まだまだ自分はそのレベルではないかもしれませんが、いつかはそのレベルに達してその鎖を繋げていきたいものです。

喩えがいまいち分かり難いかもしれませんが、要は継承者を育てられるくらいの継承者を育てることができ、またその指導方法を確立すれば良いだけのことです。

まあ言うのは簡単ですが、その行程は決して簡単でも楽でもないと思いますので、そうなれる様に空手の道に精進したいものです。